~ 一盌からピースフルネスを ~

日本便り

 ブラジルから帰国して早くも1ヶ月が過ぎました。東京の生活も落ち着いて、お茶のお稽古も再開し、毎回嬉しい気持ちで通っています。さて、冬も近づく11月中旬、故郷の石川県金沢市に帰省した際、お茶に所縁のある場所を訪ねたのでお便りいたします。

 

~金沢と茶の湯~

 時は戦国時代、茶の湯は武士のたしなみのひとつで、静かにお茶をたてることは乱世を生きぬくための心の慰めであり、立派な茶器を有することは権威の象徴とみなされ、また客をもてなす場として茶の湯が用いられました。

 現在の石川県金沢市は、戦国時代、加賀藩の城下町として栄えた所です。この加賀藩の藩祖である前田利家は、千利休などの直弟子として茶の湯を学び、茶の湯の文化を加賀藩にもたらしました。裏千家と加賀藩とのつながりは、加賀藩3代藩主・利常が晩年、裏千家4代、千宗室・仙叟を召し抱えて金沢近郊に屋敷を与えたことに始まります。さらに1666年、5代藩主・綱紀が、仙叟を茶道奉公として膝下の金沢に招いたことで、裏千家が加賀藩に普及してゆきます。仙叟好みの茶会が広く行われ、武士だけでなく、職人や町人までお茶の作法を身につけるほど、幅広い層に茶の湯が広がっていきました。

 今日、金沢とその周辺には、仙叟の屋敷や墓、様々な茶室、京都・楽家の脇窯(大樋焼)、茶釜(釜師 宮崎寒雉)、加賀友禅、輪島塗、九谷焼など、茶の湯に所縁のある場所や美術工芸が多く存在しています。

参考文献 
嶋崎丞監修(2002)『加賀前田家 百万石の茶の湯』淡交社
金沢市公式HP「金沢伝統文化/茶道」〈http://www4.city.kanazawa.lg.jp/17003/dentou/bunka/sadou/

 

~大樋焼本家初代長左衛門窯~

 「大樋焼」は、前田綱紀が仙叟を京都より指南として招いた際に、同じく京都の楽家4代、一入の高弟である長左衛門を同道したことによって始まります。長左衛門は金沢市東郊の大樋村に最良の土を見出して開窯しました。そして仙叟の指導のもと、茶碗・水差・香合などの茶道具を作成して、330年以上続く大樋焼の祖となりました。長左衛門は、ロクロを使用せず手ひねりで成形する楽焼の技術を守り、楽家より贈られた飴釉を使って、楽焼の黒や赤とは異なる光沢ある飴色(褐黄色)に焼きあがる、大樋焼特有の作風を確立しました。初代・長左衛門の作品には、仙叟好みの渦文や水波文などの特徴がみられます。

 金沢市内にある大樋美術館には、歴代の大樋長左衛門の作品をはじめ、茶人、華道家、東大寺元管長などの文化人などが残した作品や資料が展示されています。また邸内の茶室では、歴代の大樋焼茶碗でお抹茶と、一般販売されていない幻の上生菓子と言われる和菓子屋「吉はし」の菓子が味わえます。

 

大樋美術館

大樋美術館

 

手ひねりで成形し、飴釉を使用して焼いた大樋焼

手ひねりで成形し、飴釉を使用して焼いた大樋焼
(右)5代長左衛門作 
(左)10代長左衛門と裏千家15代鵬雲斎千玄室との合作

 

 大樋美術館ホームページ 〈http://www.ohimuseum.com

2015年12月 鈴木かほる

2016年2月