~ 一盌からピースフルネスを ~

6. 枯れ

 枯れとは、①草木が枯れること、又枯れはてたさま。末うら枯れ、夏枯れ、冬枯れ、霜枯れ等。②そのものがなくなってしまうこと、又は尽きはてたさま。品枯れ、資金枯れ等。上記の意味合いがある。

 

  秋の日の ヴィオロンの ためいきの 
      ひたぶるに 身にしみて  うら悲し  ~~~中略
   げにわれは うらぶれて  ここかしら
      さだめなく とび散らふ  落葉かな 

 

 この詩は、フランスの有名なヴォルレーヌ(上田敏訳『海潮音』)の一節である。西欧人にとっては、枯れ葉は、「陰鬱」のシンボルでしかない。いっぽう日本人にとっては、枯れは、単に夏が過ぎて、春が訪れるまでの荒涼ではない。俳句の季語に「枯草」「枯木」『枯れ薄すすき」「枯菊」「枯野」とあるように、「枯れ」を好んで受け入れてきたのが和の心といえる。

 

旅に病んで夢は枯れ野をかけ廻る (松尾芭蕉)

 

 西欧では、頑丈な石の壁に守られた家にこもって、荒涼とした冬を、シャットアウトする。対して、木や紙で作られた家屋は、冬を閉め出すことは出来ない。枯れ柴と枯草で編まれた草庵などは、それこそ枯れ野そのものだった。おのずと「枯れ」を受け入れ、「枯れ」と慣れ親しむことになったになったのだろう。

 その究極にあるのが、枯山水。
 京都の竜安寺の石庭は、木の姿もなく、石と砂のみでつくられ、庭園に付きものの、川や池などを廃し、わざわざ水のない世界をつくり出している。この枯れきった風景を、日本人の観光客は、純粋に美しいと思うのである。

 更に面白いのは、日本には、「枯れ」を付けた地名が、多くあることだ。「枯木灘」「枯木」「枯木峠」「枯木橋」「枯木町」「枯淵」など。

 これらの地名から感じることは、むしろ色のない枯淡の風景の持つ美しさのようなものが伝わってくる。枯れとの融和、親和のなせるものに違いない。

 さて山内恵介の歌に、『冬枯れのヴィオラ』の歌がある。作詩家は、松井五郎。詩情豊かにこの枯れの感性が、読み込まれた歌である。

 

註釈)この『和の心』は、「夢の設計社」の夢のプロジェクト編(発行所・河出書房新社)を参考にしております。又季節は日本の冬を参考にしております。

2019年12月

こちらもご覧ください

  • 16. 幽玄

    16. 幽玄

    幽玄という言葉を聞くと、一番に“能”の世界を思い出します…
  • 15. 寂び

    15. 寂び

    わび、さびは、日本独自の美意識です。たとえば質素で、静かな様子、不完全であることをよしとする、一つの名詞のイメージですが、実際は、侘び、寂びの二つの名詞が繋がったもので、それぞれ意味も違うようです。「さび」というのは、「寂」。そして寂は「寂ぶ」という動詞の名詞系です…
  • 14. 侘び

    14. 侘び

    侘びという言葉は、茶の湯を表す、代名詞のようになっている。が、侘び、わびしいという意味は、現代語では、心細かったり、失意の底にあったりする、思い煩うこと。悲しみ嘆くことを言う。わびを入れるとは、謝罪することをいう…
  • 13. 風流

    13. 風流

    『ご趣味は?』と聞かれ、『俳句です』とか『茶の湯です』と答えると、『風流なご趣味ですね』と。答えが返ってくる。日本人は、花見や月見、上述の趣味に、情緒を感じて、風流という言葉を使う。ところが改めて「風流とは?」と聞かれるとその答えは意外と難しい…
  • 12. 身に入む(みにしむ)

    12. 身に入む(みにしむ)

    表題の言葉は、聞きなれない言葉かもしれない。しかしこの言葉、「身に入む」は、季語になっている。秋風がひんやりしてくる。人は誰でももののあわれを感じるようになる。こうした秋の思いを誘うような、肌に沁み通っているような感じを言う。染む、沁む、浸む、滲む とも書く…